2005年07月24日

竜乙女の変奏曲のレビュー

竜乙女の変奏曲

竜乙女の変奏曲(ヴァリエイション) 4

竜乙女の変奏曲(ヴァリエイション)
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本当に久し振りの投稿となります。
しばらくUPしなかったのには理由があります。
以前にも書いたかもしれませんが、本を書店で新品で買うことが馬鹿馬鹿しくなったからです。最近の古本屋の回転は凄いので・・・

貧乏なパートの収入で生活をやりくりしなければならないので、当然使い道も考えなくてはなりません。現状では個別で考えるとやはり趣味の分野として払っている本代が一番圧迫しているのでその分をカット。
新品を発売日直後に買うのは結局時間を買っていると同じ事です。
その物の持つ根源的価値は表面上では変わらないように見えるけども、実際はタイム・ディケイで時間が経過するにつれて市場での価値はどんどん減少していきます。

その証拠がリサイクルショップを始めとする中古品市場。
自身の持っている本が古本屋で105円で売られているのを見るとがっかりします。
でもそれは私の感情であって、市場は冷徹な論理で持って価格を決めます。

初っ端からかなり脱線傾向ですが、久し振りの投稿なのでお許しを。

では、この本は中古で買ったのかというと・・・新品で買いました。
金持ち父さんのパワー投資術をどうしても新品で買いたくて(というか1日も早く読みたかったから)、でも1995円という超中途半端な価格で、買い付けている本屋が1000円単位でスタンプを押してくれるところなので、必然的にもう1冊は買わなければいけなくなってしまい、ブラブラと見ていると、ドラえもんプラス スペシャルパック 2が売っていたので、必然的に買ってしまい、残りが505円以上でなければならず、新刊で欲しいのもあったのですが、それも躊躇われ(なんとなく)、結局読みたい本ということで、これを購入。
合計金額で3000円を超えたのでスタンプ3つもらい、それがなんと丁度カードいっぱいになったので、1000円分の商品券を頂きました。

直ぐに鋼の錬金術師 11クレオパトラの葬送を買おうかと思ったのですが、原則新刊はよほどの緊急時以外は封印したいので、グッと堪えて我慢しました。

んで、本編の感想になるのですが・・・

もっと早くに買っておけば(読んでおけば)よかった!

また少々脱線を。(もう諦めて下さい (苦笑 )
その本との出会いというか、作者との出会いというのはとても運命的なものだと思っています。良書との出会いは人との出会いにも例えられるくらいで、良い本の書き手との出会いは何物にも換え難い貴重な出来事だと思います。

妄想でも変人でも何でもいいんですけど、榊先生の書かれている作品、文章には強い親和性を感じるんですよね。一度も直接お会いした事のない人物に対して非常識極まる表現というか思い込みなんですけど、恐らくここまで惹かれてしまうのは、根源的なものが一緒かもしくは非常に似通っている。

本を読んでての感想というか感情で多いのが、「ああ、よくコレを言葉(表現)にしてくれたな」と言うものです。いつかどこかで書いた事があるんですけど、元々“ソレ”は自身の中に内包されていたものなんです。でもその本を媒介として表に出る事ができたんです。素地があって眠っていたものを引き出された。そして、その事が例えようも無い幸福と喜びを私にもたらしてくれる。

本当に「あ〜よくそれを書いてくれました。どうもありがとう」って作者に言いたくなる。昔と違って今は一般人である私もこうして情報発信者となることはできるので(それが大衆の目に触れるかどうかは別として)、もしまかり間違って作者様本人の目に触れればこんな幸福なことはないんですけど(ぶっちゃけた話、作者のHPに行ってBBSに「良かったです」って書きにいけばそれでいいんだけどね)

この作者の書く作品でハズレと感じたのはイコノクラストシリーズのみ。これだけはどうしても好きではなく、1巻を買っただけ。売りに出さなければと思っているほど。その他は毎回必ず何かしらの「発見」を私に与えてくれている。

内容について少し。
封鎖世界にゼフィリス達が送り込まれる前、つまり棄てプリの世界の以前の話になります。
主役はアーフィシリーズインプルーブドNo.20<テレジア>が、<竜騎士>を選定するまでのドタバタ劇について――なんですが。
・・・内容のあまりの秀逸さに、作者さえその気になれば「プレ棄てプリ」として思いっきりシリーズ化できるんじゃないかという勢い。だって単純計算でインプルーブド型のアーフィシリーズは26体いるわけでしょ?あと25冊は書けてしまうことになるわけで。
・・・多分、書く気はなさそうだけど。
一読者としては、今回の作品の評価は非常に高いですね。マジで続編希望。(この世界観なら直接の話の続きで無くて可)

<竜機神>シリーズ製作者の要の1人である、フタバ・ベルグマン博士。母でもあり、姉でもあり・・・の彼女を、結果として目の前で何もできず失ってしまったことによる圧倒的な喪失感と無力感に打ちのめされ、自閉的になっているテレジア。

一方で、狂竜事件で家族を失い人工知能や竜機神を始めとする機械に関連するものに対して極度の不信と嫌悪を持つタクロウ・ヒノ曹長。隣に住んでいた若夫婦のうち、夫人を目の前で失う経験をし、その「代用品」である擬人機械と生活を送る夫の姿に恐怖を覚える。

二人には共通するものがある。――大切な人を目の前で失ってしまった。己の無力のせいで――
一方は罪の意識を内に求め、一方はそれを外に求めた。
どうしようもなく不器用すぎる二人は周りの強い圧力を受け、出会いぶつかりやがて理解し互いを必要としていく。

こんなところだろうか。
そして私が最も感銘を受けた文章はコレ。
「例えば一人救えなかったのなら、二人救え。三人死なせたなら四人生かせ。そしたらお前の勝ちだ。死んだ者が帰ってこない以上は、そうするしかない」

最近は本業(?)である、看護師という職業に対する意識が変化してきていて以前よりもずっと「看護師」になってきた自分を意識する。今はとにかく看護師としての知識も技術も経験も身に付けたい。そう思っているし、仕事に対する姿勢も変化してきている。
元々の性格から、手抜きやサボりはしない(給料もらって働いているんだから、当然なんだけど)んだけど、より積極的に勉強するようになった。
明らかに仕事に対する意識が変化しているのだ。

でもこの仕事はやっぱり辛いのも事実。現実として目の前で人が死ぬ事があるのだ。
あれだけは実際にその場に立ち会ったものしかわからない。
徐々に延びていく(下がっていく)心拍数。血圧も機械でないと計測不能(50以下)。呼吸も弱くなっていき、やがて死を迎える。
これはどちらかと言うと緩慢な死で、直前までかなり苦しんで、心拍数が100以上になったりと事例によりけりではある。

現代の医学では、死は敗北と定義されているのではないだろうか。
私は職業からするとかなりドライな死生観を持っていて、延命治療も好まないし安楽死も認めている。でも、実際に人が死に瀕して死に向かっているのを見るのは辛い。理由はわからないけど辛い。人間としての生物の本能なのかもしれない。死を恐れているのだろう。
これ以上、引き止めても無意味で無駄にその人を苦しめるだけだと頭では分かっていても、感情はなんとか助けたい、生きていて欲しいなどといった矛盾を抱えてしまう。

色んなメディアや経験を通じて、私なりに死に対しての考え・気持ちを持ってはいる。
でも、今回の先生のこの言葉には救われたな。
「そういう見方をすればいいのか」って。
正直、悔しくもあったよ。
「素人にそんなこと指摘されるなんて。目の前で起きる死を何回見たことがあるんだよ?」みたいな八つ当たりに近い想いがあったり。
でも、救われた。

死を看取るとき、私はその人の分まで生きなきゃって思っていた。
生あることに対して誇りを持って生きなければと。自分に刻んで一生背負っていかなければならないんだと。
でもそうじゃない。それだけじゃない。勝手に思い込んで背負ったってそれは自身の思い込みでしかないし、相手はそんなことは考えていないだろう。

できるのは自分が看護師として、より良い看護をできるように精進することなんだ。
どうしたらこの人をもっと良くしてあげられるだろうか?この人の持っている残存機能を引き出してあげられるか。この人のADLを少しでも良くしてあげられるだろうか?
そうして「助ける」ことが出来て、社会復帰(在宅)させたら自分の勝ちになる。そう考えればよいということになる。どうしても死のインパクトが強く引きずりがちだけど(私だけかな?)、一方で軽快・治癒して退院していく人だって大勢いる。
それは主に医者になってしまうけど、適切な治療・投薬があって改善、治癒する。
その過程に携わり、何か1つでも自身の看護の独自色が出せ、結果として改善、治癒に寄与する、または早める事が出来たら、それが1人を救った事になる。
その想いを現実とするために必要なのが知識であり技術であり経験である。
ライセンスを持った専門職として恥じないように精進するしかないんだ。

これまで自分が持っていたものも間違いじゃないけど、この作品を通じて得たものを+していけばいいんだ。そう思えた。

多分世間的にはこうしたファンタジー小説とかはあまり高尚には見られていないのかもしれない。でも、この分野にだって優れた書き手がいてその人を知っていてその人の作品を読める自分は本当にラッキーなんだなって胸を張って言える。
他人にどう思われたって良いものは良いんだし、変に気を使う必要もないんだよな。

興味の無い人にも読んでもらいたい。読んで好きでなかったり、感じられないのは仕方ないけど、ひょっとしたら私と同じでこの作品から何かを得られるかもしれない。
そんな人が一人でも増えてくれたら嬉しい。
posted by 月夜見(けん) at 23:26| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評(ファンタジー系小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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