2010年04月04日

黒髪娘「そんなにじろじろ見るものではないぞ」漆(完)

黒髪娘「そんなにじろじろ見るものではないぞ」
      


566 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/25(月) 21:07:39.57 ID:KmqRKDbT0
――黒髪の四阿、炬燵の間

たったったった、かたりっ

黒髪娘「男殿っ」
男「黒髪」

黒髪娘「男殿だっ」 むぎゅっ
男「っと、とびつくな。ただでさえ十二単の
 重装甲なんだからっ」

黒髪娘「久しぶりだったではないか。もう長月だぞっ」
男「バイトとか調べ物とか、忙しかったからな」

黒髪娘「れぽおとなら此処でやればよいのに」
男「ネットが必要だとそうも行かないんだよ」

黒髪娘「ふぅむ」もそもそ
男「どうした?」

黒髪娘「唐衣※を脱ぐ」
男「どうして?」

黒髪娘「男殿にくっつくのであれば、
 これは厚着に過ぎるからな」

※唐衣(からぎぬ):十二単の一番上にまとう厚手の
 布地で作った着物。一番上にまとうために、豪華だが
 かなりの重量もあったようだ。

568 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/25(月) 21:08:56.65 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「んっ」 ぴとっ
男「どうした?」

黒髪娘「久しぶりなのだ」
男「うん」

黒髪娘「んぅ〜」
男「わかったわかった。ほら、此処いいぞ」

黒髪娘「うむっ」にこっ
男「最初に比べたら、ずいぶん表情が豊かになったよな」

黒髪娘「伝えようとしなければ伝わらぬと悟った」
男「ああ……。それは本当だ」

しゅるり、しゅるり……。

黒髪娘「あ……」
男「ああ。櫛だけど。いやだったか?」
黒髪娘「いや、くすぐったい」 くすくすっ

男「静かにしてろ。梳いてやるから」

569 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/25(月) 21:11:01.82 ID:KmqRKDbT0
しゅるり、しゅるり……。

黒髪娘「もう、中秋もすぎるな」
男「ああ、そうなのか?」

黒髪娘「うむ、秋も深い」
男「黒髪は結構食べっぷりがよいからなぁ。
 秋は幸せな季節だろう」

黒髪娘「うむ。それも私が淑女と見なされぬ原因の1つだ」
男「ああ。やっぱりそうなんか」

黒髪娘「この世界での美女の条件は、
 かそけき、たおやか、消えいりそう
 はかない、清らかだからな。
 美味しい物を美味しいと元気に
 食べてしまう女性は人気がない」

男「俺は逆だけどなぁ。一緒に食事をするのならば
 美味しいものを美味しいって
 にこにこ笑ってちゃんと食べてくれる女の方が良いぞ」

黒髪娘「それは本当に有り難いことだ。
 好きになった殿方がかそけき風情を求めてきたら
 わたしなど手も足も出ないところだった」

男「だいたい、食事中に儚い感じとかどうやるんだよ」

黒髪娘「それはだなぁ」
男「うん」

572 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/25(月) 21:19:13.53 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「まずは、食べないとか」
男「……」

黒髪娘「食べ始めても、途中でやめてしまうとか?」
男「なんだそりゃ」

黒髪娘「そして熱っぽい眼で相手を見つめて、
 胸が詰まって食べられないとか泣き始める」

男(何かそれ、つまり“うざい女”じゃないのか?)

しゅるり、しゅるり……。

黒髪娘「そういうのが、弱々しくて保護欲をそそるのだ」

男「んー。どうなんだ、それって」

黒髪娘「釈然としていない表情だな?」
男「うん」

黒髪娘「まぁ、価値観が違うからしかたがない」
男「ちょっとやってみてよ」

黒髪娘「え?」
男「見てみたい」

574 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/25(月) 21:22:29.82 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「う。本当にやるのか?」おろおろ
男「見てみたい」

黒髪娘「うぅっ。こういうのは二の姫の専門分野なのに」
男「後学のためにご教授を」にこにこ

黒髪娘「そ、それではだな。
 その、こうやって茶菓子などを」 もふもふ
男「うんうん」

黒髪娘『……男さま』
男「――さま?」

黒髪娘『せっかくの頂き物ですが、わたくし』
男「う、うん」

黒髪娘『これ以上は、胸がいっぱいで……』
男「や」

黒髪娘『男さまのお顔を見ることが出来ただけで』
男「や、待った。降参だ。ぎぶあっぷ」

黒髪娘「どうだっ! やってるこちらだって
 恥ずかしくて顔から火が出そうだなんだぞっ」

男「こっちだって泣きそうだよっ!」

578 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/25(月) 21:28:02.28 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「泣きそうと云うのは些かひどいではないか」
男「いや、ものの例えだ」

黒髪娘「むぅ」

男(黒髪の困ったようなすがる声が、色っぽくて
 ちょっぴりぞくっとしたなんて絶対云えねぇ)

黒髪娘「ふむ。これからは男殿がわたしを
 困らせたら、この手でお灸を据えるとしよう」

男「えー」

黒髪娘「問題があるのか?」
男「黒髪だって恥ずかしいのだろう?」

黒髪娘「肉を切らせて何とやらだ」
男「思い切り良いなぁ」

黒髪娘『男さまは、私のこともう愛想もつきは』
男「シュークリームがあったんだ、そういや」

黒髪娘『愛想……』
男「美味いぞ、これ?」

581 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/25(月) 21:29:51.54 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘 まぐっ
男(ふぅ。何とかごまかせたっ)

黒髪娘「む。ごまかされるわけではないが、
 しゅくりいむは天上界の美味だな」 あむあむ

男「やっぱり、そうやって食べてくれる方が可愛いよ」

黒髪娘「……」かぁっ
男「ん?」

黒髪娘「なんでもない。……ううっ。
 男殿もほら、食べるのだっ」
男「いいのか? 独り占めしないで」

黒髪娘「しゅくりいむは好きだが、独り占めを企むほど
 狭量ではない。ほら、ほらっ」

男「じゃ、もらうけどさ」 あむっ
黒髪娘「美味しいであろう?」 にこにこ

男「俺が持ってきたんだってば。
 美味いのは知ってるっいぇーの。
 ……ああ、そういえば」

黒髪娘「?」

584 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/25(月) 21:32:35.36 ID:KmqRKDbT0
男「こうやって抱きかかえて、
 1つのシュークリームを交互に食べるなんて
 もう、口づけみたいなものだな」

黒髪娘 びきっ
男「ん?」

黒髪娘「……」
男「ん? ん?」


黒髪娘「男殿は、その……。あるのか?」
男「なにがよ?」

黒髪娘「……」
男(……なんだこの緊張感)

黒髪娘「く、くちづけの……。経験が」
男「……あー。んんー」

黒髪娘「……」ちらっ
男「……」

黒髪娘「……」
男「しとく?」

590 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/25(月) 21:37:00.83 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「男殿、と?」
男「うん」

黒髪娘「……」ほわぁ
男(わ。……薔薇色ってこういうのを言うのか)

黒髪娘「……く、ち……づけ」
男「えー。うん」

黒髪娘「……」
男「……」

黒髪娘「やめておく」 すっ
男「……」

黒髪娘「“他には何も要らない”から。
 それに、これ以上触れたら
 ――切なくなってしまう」

男「……そか」

黒髪娘「……うむっ。残りのシュークリームを
 独り占めするためにもなっ。それは、無しなのだ。
 きっと神仏もその方が良いというに違いないっ」

791 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 09:58:15.96 ID:KmqRKDbT0
――藤壺、編纂のための借り部屋

黒髪娘「――あまねく歌といふものは胸の想いの
 結露にして全ての人々に開かれたものなり。
 あるいは喜び、寿ぎ、哀しみ、移ろうを嘆き
 四季と人の営みのもろもろをいと慈しみ、
 かけがえなく思うそのこころの内こそが
 言の葉に結露されるところの遍照なり」

二の姫「……序文ですか?」

黒髪娘「うむ」

二の姫「黒髪の姫の、お心ですね」

黒髪娘「誰にでも、読んで欲しい。
 貴族だけでなく、平民だけでなく。
 今の世も、先の世も。
 暗い世界に閉じこもるではなく、
 いたずらに知を誇るでなく。
 歌は……。
 歌は見栄を張るために懐に忍ばせる小道具ではなく
 ましてや宮中で雅を誇るための小手先の麗句ではなく
 やむにやまれぬ、魂魄の雫だと思うから」

二の姫「はい」

黒髪娘「でも、照れくさいな」 くすっ
二の姫「いえいえ。他の方にはかけない序文かと」

792 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 09:59:31.47 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「そうであれば、嬉しいのだが」

二の姫「ええ、特に宮中の覇を誇示するために編纂する
 殿方の撰者には書けないでしょう。
 そもそもそのような方は、恋の歌だけの歌集など
 編まれないでしょうけれど……」ふふっ

黒髪娘「伝わる……かな……」
二の姫「弱気ですね。真実ではないのですか?」

黒髪娘「私にとってはそうだけど。
 読む人の一人一人にとっては……。
 そうであればよいと願っている。
 でも、願いが叶うとは限らないから」

二の姫「……」

黒髪娘「誰かが寂しい時、つらい時、苦しい時。
 歌がそばにあれば良いな、と思う。
 私にとって学問がそうであったように、
 その人の闇をほのかに照らす明かりであれば良いと。
 ……でも、そう読んで貰えるかどうか、判らない」

二の姫「祈りとはそういうものかと存じます」
黒髪娘「……うん」

二の姫「ともあれ、そろそろ編纂も終わりですね」
黒髪娘「そうだな」

793 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 10:00:51.55 ID:KmqRKDbT0
二の姫「雪が降る前に終わりましたね」
黒髪娘「おおよそ一年弱。早かったなぁ」

二の姫「四季の歌を切り捨てた分、早かったのですね」
黒髪娘「うん。英断だった、と思う」

二の姫「取り回しが良くて善いではありませんか。
 全六巻で、読みやすいですし。
 全体が物語のように起伏があって、
 諳(そら)んじるだけではなく、読んでいられますわ」

黒髪娘「余り宮廷受けはしない歌集になってしまったかな」

二の姫「……殿方受けしないのは仕方ありません。
 でもその分、愛される歌集になったと思います」

黒髪娘「そうであれば、良いな」

二の姫「……」
黒髪娘「……」 さらさら……

二の姫「黒髪の姫?」
黒髪娘「ん?」

二の姫「姫の方は、いかがなのです?」
黒髪娘「なにが?」

794 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 10:02:08.05 ID:KmqRKDbT0
二の姫「恋の行方です」
黒髪娘「……逢瀬は甘いやかだ。男殿は、優しい」

二の姫「この先のことです」
黒髪娘「編纂が終わる」

二の姫「はい」
黒髪娘「それを契機にしようかと……考えている」

二の姫「男殿……いえ、お相手はそれをご存じで?」
黒髪娘「いや」

二の姫「……どうしようもないほど勝手なお二人ですね」
黒髪娘「え?」

二の姫「いえ、こちらのことです。
 ええ、こちらでございますとも」

黒髪娘「?」

二の姫「黒髪の姫はいい加減、
 覚悟を決めた方が良いと思いますよ?」

黒髪娘「覚悟など……。
 覚悟など決めているっ。
 私がそれを決めるために、
 どれだけ時を重ねたかも知りもせずっ。
 この編纂が終われば、あの長びつを閉じて、
 わたしは、もう二度と男殿とはっ」

二の姫「心得違いです」

795 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 10:03:11.19 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「え?」

二の姫「別れる覚悟など一時の太刀傷でしょう?」 ぱちんっ
黒髪娘「――」

二の姫「違いますか?」
黒髪娘「それはどのような意味なのだ?」

二の姫「これ以上は口が曲がってしまいますから
 私の口から申し上げることは出来ませんわ」

黒髪娘「それでは何も判らぬではないか」
二の姫「判らないでも結構です」

黒髪娘「二の姫は意地悪だ。経験があると思って」
二の姫「経験ではなく、覚悟です」

黒髪娘「だから何を覚悟せよとっ」
二の姫「恋より先に知るのが常識なのに。
 本当に判らないのですか?」

黒髪娘「……」
二の姫「余計なことを云ってしまいました。
 黒髪の姫……?」

黒髪娘「うむ」

二の姫「――師走が近づいてきます。
 年が明けるまでには終わらせましょう」

808 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 11:41:24.47 ID:KmqRKDbT0
――黄昏時、大内裏、郁芳門近く

男「おっす」 わしゃっ
黒髪娘「男殿っ」

男「寒っいなぁ」
黒髪娘「当ったり前だ、そんな薄着で」

男「ん。来たばっかりだからさ。
 それに、未来のびっくりどっきり
 ヒートテックだから大丈夫だぞ」
黒髪娘「それにしたって……」

男「今日の分は、終わったのか?」
黒髪娘「そうだ。……男殿こそどうしてこんな所に?」

男「黒髪のこと、待ってたんだ」
黒髪娘「わたしの、こと……」

男「おう。最近追い込みだったんだろう?
 忙しく働いていたからな」

黒髪娘「うむ」

男「で、会いたくなったから、待ってた」
黒髪娘「……こんな寒い中で。馬鹿だな」

809 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 11:46:24.78 ID:KmqRKDbT0
男「その寒い中をぷらぷら歩いている黒髪よりマシだ」
黒髪娘「……むぅ」

男「……」
黒髪娘「……」

男「やい、黒髪」
黒髪娘「ん?」

男「お前、最近俺のこと、避けてるだろー」
黒髪娘「っ。そんな事はない」

男「ていっ」わしっ
黒髪娘「……〜っ!」

男「おい、ちみっ娘。舐めるなよぉ」
黒髪娘「舐めてないではないか」

男「ほっほーう」
黒髪娘「噛むけど」

男「え?」
黒髪娘 かぷっ

810 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 11:47:35.72 ID:KmqRKDbT0
男「……」
黒髪娘 がぷがぷっ

男「なんだそりゃ」

黒髪娘「むぅ。……私は、男殿一筋だ。
 男殿以外に好きな殿御など一生作らぬ」 じぃっ

男(ナチュラルに殺し文句を……)

黒髪娘「その証明に噛みついてやるっ」かぷっ
男「……」

黒髪娘「……抵抗しないのか?」
男「黒髪を抱えているのも、温かいよ」

黒髪娘「……むぅ」
男「……」

黒髪娘「……んぅ」 がぷっ
男「黒髪は温かくないか?」

黒髪娘「それは……。温かい……けど」
男「うん」

さらさら……。

812 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 11:48:41.37 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「男殿は卑怯だ」
男「なにがさ」

黒髪娘「こんな事をされては、腰が砕けてしまう。
 何も言えなくなってしまうではないか」
男「言い分があっても聞かないけれど?」

黒髪娘「そこは“言い分があれば聞く”
 と包容力を示すところだろうっ。殿御なのだから」

男「こっちもいっぱいいっぱいなんだよ」

黒髪娘「……っ」
男「だから、黙ってこうさせろ」 もぎゅっ

黒髪娘「少しだけだぞ」
男「うん」

さら、さら……。

黒髪娘「……」
男「……」

黒髪娘「月が……」
男「ん?」

813 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 11:49:58.04 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「男殿に連れられて。祖父君の家に行った時」
男「うん」

黒髪娘「――あの夜も、いまのように。
 白く、冴えきった、怖いほどに輝かしい月が出ていた」
男「うん……」

黒髪娘「……」
男「……」

さらさら……。さらさら……。

黒髪娘「あの夜、男殿を好きになったのだ」
男「そうなのか?」

黒髪娘「月に照らされた寝顔を見ていて。
 ……ずっと一緒にいたいと願った。
 ううん、初めて出会って、
 男殿と話して、笑いあって、書を捲って……
 ずっと一緒にいたいという気持ちは
 わたしの中で育っていたけれど
 あの夜の月の光で、胸を締めつける
 その気持ちが恋なのだと気が付いた」

男「……」

黒髪娘「男殿の腕の中は、
 寝心地が良さそうだったから」くすっ

男「結局は、寝心地なのかよ」
黒髪娘「うむ」 くすくすっ

814 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 11:51:50.32 ID:KmqRKDbT0
男「寝心地優先でも良いけどさ。
 俺も色々迷ったけどやっぱり黒髪のこと、大好きだし。
 抱きしめてるだけで
 むやみに幸せになっちゃうんだから、
 黒髪のこと馬鹿に出来ねぇや」

黒髪娘「やはりな。触れあった時の
 安心感は第一条件だ」

男「学識豊かな才媛とも思えない言葉だな」
黒髪娘「恋は理屈では動いてくれないらしい」

男「そか」
黒髪娘「うむ」 きゅぅっ

男「……」

黒髪娘「――奇跡だと思いもせずに、
 ただ幼子のように焦がれた。
 わたしは……男殿で、良かった」

男「そうか」
黒髪娘「うん……。胸が、詰まる」

男「俺も、黒髪で良かったぞ」
黒髪娘「光栄だ」 にこっ

男「ちょっと気が早いけどさ」ごそごそ
黒髪娘「?」

男「ほら、これ……。やるから」
黒髪娘「これは……」

815 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 11:52:46.66 ID:KmqRKDbT0
男「指輪だ。あれ? こっちの世界に
 指輪ってあったっけ?」

黒髪娘「指にはめる装飾具なのか?
 ――いいや。聞いたこともない」

男「そっか。じゃぁ、別のにすりゃ良かったかなぁ。
 まぁ、なんだ。クリスマスプレゼントだよ」
黒髪娘「くりすます……?」

男「12月に贈るんだよ。親しい人とか、恋人とかに」

黒髪娘「これは銀ではないかっ」
男「そうだけど?」

黒髪娘「これは……う、うむ」

男「なんだよ」
黒髪娘「……」

男「貴族は贈り物とか、日常的なんだろ?」
黒髪娘「それは、そうだが……」

黒髪娘「受け取らねば、ダメか?」
男「何いってんだ?」

816 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 11:54:02.40 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「余りに高価なモノは、その……」
男「……」 じぃっ

黒髪娘「……男殿」
男「……」

さら、さら……。

黒髪娘「その……冬が来て、編纂が終わるの、だ」
男「うん……」

黒髪娘「編纂が終われば……歌集を
 主上に献上しなければならぬ……」 のろのろ

男「……」

黒髪娘「このままでは、男殿をこの世界のくだらぬ
 政治の争いにも巻き込んでしまう……。
 宮中の争いは、それは醜いものなのだ」

男「……」

黒髪娘「それに私は、男殿から見れば
 やはり……。所詮は、千年前の人間だ。
 男殿持っている英知も持ち合わせない。
 きっと愚かしく、何もかもいたらぬように見えよう。
 わたしは、わたしが愚かなことを知っている。
 ううん、やっとそれが判ってきた。
 だからわたしが愚物なのは平気だけれど
 男殿に失望させてしまうのが、とても怖いのだ」

さらさら、さらさら……。

817 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 11:55:10.48 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「世界を妬んで引きこもっていたわたしに
 祖父君は進むべき道を示してくれた。
 男殿は歩む勇気をくれた。
 わたしは人と触れあって、自らの学んだ成果を
 世界に少しなりとも刻み込むことが出来たと思う。
 友、と呼べる人も出来た。
 いつも支えてくれるとも女房の暖かさも判った。
 全て、全て男殿のお陰だ」

男「……」

黒髪娘「わたしは、だから願いは叶った。
 ……これ以上、助けてもらわなくても。
 男殿に迷惑をかけなくても、だい……じょうぶだ。
 これ以上願えば、男殿の重荷になる。
 奇跡を、願えば、きっとそれは
 男殿を傷つける……。
 私は家事も出来ぬし、学芸が出来るとは言え
 所詮それは、この時代のものだ。
 男殿と一緒に、男殿の世にいきるのは……。
 だから……。
 だからっ」

男 もぎゅっ

黒髪娘「ら、らりをふるっ」

820 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 12:31:46.06 ID:KmqRKDbT0
男「桃みたいなほっぺたしやがって」
黒髪娘「うう〜……」

男「そっちの云いたいこと、聞きたいことは
 十分に聞いたし、答えたよな。
 義理は果たした」

黒髪娘「そういふことれは、らいのらっ」

男「今度はこっちのターンなんだよ。
 わざわざ、歌集の編纂が終わるの待ってたけど、
 もういい加減切れた。
 あんなっ」

黒髪娘「おろころのっ」

男「俺は、一緒にいるから。
 そっちがどう思ってようと、一緒にいるからなっ」

黒髪娘「ふぇ……」

男「おまえ、変に遠慮してるだろう?
 巻き込んじゃいけないとか、自分じゃ迷惑かけるとか。
 そういうのなんてな、全部覚悟して選んだからな?
 こっちでも、あっちでも、どっちでも良いけどさ。
 離れるつもりは全然全くないからっ」

きゅっ。

821 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 12:32:41.21 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「……あ、お。男殿」 じわっ

男「つか、面倒だから。お前は俺のもの
 お持ち帰りするからなっ」

黒髪娘「わたしを、その」

男「連れてく」

黒髪娘「……娶(めと)って?」 ほろっ
男「そう」

黒髪娘「男殿の、世に?」
男「そう」

黒髪娘「わたしは、何の役にも、立たない。
 ……足手まといの、子供で、家事も、料理も」
男「俺得意だし」

黒髪娘「常識だって、判らない。知らないことばかりで」

男「くどいっ」

822 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 12:33:36.66 ID:KmqRKDbT0
男「嫌なら嫌ってはっきり言えっ」
黒髪娘「この世の女子はみな……」

男「……」

黒髪娘「十を過ぎれば――嫁ぐのだ」
男「うん」

黒髪娘「さらってくれるなんて、
 ――うばってくれるなんて」

男「……」ぎゅ

黒髪娘「そんな事、絶対されたいではないかっ」
男「うん」

黒髪娘「……ゆく」
男「うん」

黒髪娘「連れて行ってくれ」 ぎゅぅっ
男「うん」

黒髪娘「どこへでも。男殿の元に」
男「任せておけよ」

  ゴォォアアン! ォォォォァン
    誰かぁ……誰かぁあるー……

黒髪娘「?」
男「なんだ……?」

829 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 12:44:36.37 ID:KmqRKDbT0
――大内裏、宜陽殿(ぎようでん)のそば

ォォォオオン、ゴォォォォォ!!

二の姫「けほっ、げほっ……」
友女房「姫、二の姫っ」

  誰ぞ、誰ぞ……っ! 水を、いや、間に合わぬっ
  打ち倒しを、熊手を持てっ。
  駄目ですっ。近づくことも出来ませぬっ

ガタンッ! ドダンっ!!

黒髪娘「宜陽殿がっ!?」
男「なんて火勢だっ!!」

黒髪娘「何ということだ。炎がっ。あんなにっ」
男「ば、ばかっ!」

二の姫「黒髪の姫っ。炎がけほっ、けほぉっ」
黒髪娘「友、何があったのだっ」

友女房「歌集の編纂に用いていた資料をお返しに
 宜陽殿にあがっていたところ、気が付けば
 黒き煙が流れ……火元は判りませぬが
 風も乾き火勢も強く」 おろおろ

※宜陽殿(ぎようでん):大内裏の建物の1つ。歴代
天皇家の宝物が治められていた、いわゆる宝物庫。
唐から輸入されたモノや多くの書物も収められている。

830 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 12:46:39.04 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘(宜陽殿が……燃える。焼け落ちてしまう!!
 ――古今和歌集が、後撰和歌集に拾遺和歌集が。
 龍笛譜、琵琶譜――数え切れないほどの貴重な書がっ)

ふらっ

男「おいっ。何するつもりだよっ」がしっ

黒髪娘「――男殿。済まぬ。
 この身を捧ぐると云ったその舌の根も乾かぬうちに
 しかし……。あそこには何十という
 計り知れぬほどの貴重な書が収められているのだ」

男「だめだっ」

黒髪娘「唐渡りの書だから……帝の宝だから。
 そのような理由ではないのだっ。
 あれは、あれらはっ。
 ここに住む、いままで生きてきた人々の真心の欠片だ。
 行かせてくれっ! わたしにはあれを守る義務があるっ」

ゴォォォォォ、ォォォオオン!!

二の姫「駄目ですっ。けふっ。
 姫、あんなにも火の粉がっ」

黒髪娘「後生だ、男殿っ」
男「行かせない。死にに行くつもりかよっ」

黒髪娘「そうではないっ。そうではないが……。
 行かなければ、わたしはわたしを裏切ってしまうのだっ。
 祖父君も、男殿も。歌を愛すひと、学問を志す人の
 全てを裏切ってしまうっ!」

831 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 12:47:49.61 ID:KmqRKDbT0
男「俺が行く」
黒髪娘「何を言っているのだっ」
友女房「男殿、宜陽殿にはあれがっ」

男「動きの鈍い黒髪よりも、俺の方が身軽だ」
黒髪娘「駄目だっ。あんなにも火勢が強いではないかっ。
 男殿が。男殿が、死んでしまうっ!」

男「任せろって。……唐衣、借りるな」

 ぎゅっ――安心しろ。

黒髪娘「あっ」
男「友っ! 黒髪を抑えてろ! 行かせるなよっ」

黒髪娘「ま、待てっ」

ォォォオオン、ゴォォォォォ!!

黒髪娘「行くなっ! 男っ! 行かないでくれっ!」
友女房「駄目ですっ、姫っ。崩れます、もうっ!」

オォォオオン! ゴワァッ!!


黒髪娘「わたしをっ、追いて行かないでくれっ。
 それはわたしの役目なのにっ。
 馬鹿、馬鹿者っ。男っ、男殿ぉぉっ!!」

838 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 13:07:41.40 ID:KmqRKDbT0
――二日後、藤壺

からり……

二の姫「黒髪の姫は?」
友女房「二の姫様っ。もうお加減はよろしいのですかっ?」がたっ

二の姫「もとより煙を吸い込んでしまったまで。
 まだ瞳を開けると痛む故、布覆いをしていますが
 私の方は大事ありません。
 それより、黒髪の姫が心配です」

友女房「それが……」
二の姫「どうされました?」

友女房「いえ、いまは奥の宮で藤壺さまが
 お話をされているのです……」
二の姫「そうですか……」

友女房「でも」
二の姫「……」

友女房「姫は、魂が抜けてしまわれたようで」
二の姫「……」
友女房「何を話しかけても、お答えして下さりません」

二の姫「……さもありましょう。おいたわしい」

友女房「はい。……姫のお付きとしてもう八年にも
 なりますが、このようなお姿を見たのは初めてでございます」

839 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 13:09:53.27 ID:KmqRKDbT0
二の姫「あのときの、あの異国の装束をまとった殿方が
 姫の想いを寄せるただ一人の方なのですね?」

友女房「はい、そうです。――男さまです」

二の姫「そうですよね。ではやはりあの夜のことも」
友女房「はい……?」

二の姫「いえ……。友女房も疲れているのでは
 ありませんか? 対の宮に食事を用意させていますよ?」

友女房「いいえ」 ふるふる
二の姫「……」

友女房「姫が気を取り直すまで、
 此処を離れるわけには参りませぬ」

二の姫「そうですか……」
友女房「そんなことより宜陽殿のほうは」

二の姫「まだ隠れ火が残っていて、全てを探索できるのは
 明日か、明後日になってしまうようです。
 深夜ともあって宜陽殿に残っていた人も少なく
 怪我をした人は多いそうですが、
 亡くなった方は十数名だとか」

友女房「……そのう」

二の姫「男殿のことは判りませぬ。
 父を通じて捜させておりますが、なにぶん火勢が強く
 亡くなった方の多くは身元もわからぬ次第……。
 それに、宮中に係累のいない亡骸となりますと
 判明するかどうかも……」

841 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 13:11:38.71 ID:KmqRKDbT0
友女房「そう……ですか……」

二の姫「このようなことを云うのは
 本意ではありませんが
 しかし、あの火勢では……生きながらえるのは……」

友女房「姫にはどうかっ」

二の姫「云えるわけがないではありませんか」

友女房「……」
二の姫「……」

友女房「姫は、庵に帰られると、
 瞬きもせずに長びつの前に座っていらっしゃるのです。
 何時間でも、一晩中でも。
 眠りもせず、食事も取られません。
 それを心配された藤壺さまがこちらへと
 無理矢理にでも移したのですが」

二の姫「思い出の品なのですか?」

友女房「いえ、思い出……と申しますか
 形代(かたしろ)なのです。男殿の……」

二の姫「化外の狐狸などと嘯(うそぶ)いて。
 ……私にはわかりません。
 そのようなことがあるのでしょうか」

友女房「信じて上げて下さい。
 二の姫様に疑われたら、あの方のいた証が
 どんどんとこの世から失せるようで……。
 あのように痛ましい姫を見るのが
 心つらく、お労しくて張り裂けそうでございます」

849 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 13:44:22.66 ID:KmqRKDbT0
――吉日、冬の小春日和、右大臣家、中庭

がやがや、がやがや……

右大臣「ははははっ! 祝ってくだされ!
 ご来駕の皆様がた、今宵は心ばかりの
 酒肴を用意させて頂いた。
 粗末ながら右大臣家限りのもてなしだ。
 この度、うぉっほん。
 我が娘、黒髪が撰者となりし歌集が
 めでたくその編纂を終え、帝に奏された。
 帝はその歌集を手に取ってくださり
 娘は世にも稀なるとのお言葉を賜った!」

 なんとまぁ! おめでとうございます。
 黒髪の姫におかれましてはますますの御栄達を

黒髪娘 ……

右大臣「誠に持って心痛むことに、内裏においては
 皆様もご存じの通り、先頃宜陽殿の火災があった。
 急ぎ陰陽寮にはかったところ、これはすなわち
 厄であるとの託宣であった。
 しかしながら古来より炎は厄を払うに一番と云う。
 陰陽寮もこの炎にて金気に属する災厄は
 払われたとし、直ちに祭祀を執り行う予定とのこと」

二の姫(……恋は災厄などではありません。
 右大臣殿、娘の思いを知らぬ事とは言え、
 その言いざま余りにも心無いではありませぬか)

850 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 13:46:10.64 ID:KmqRKDbT0
右大臣「そのように厄もあったこの冬ではあるが
 我が娘黒髪の撰者としてのお役目の成就を持って
 新年の始まりと為し、あらたなる営みを続けることが
 出来るは幸いなことである。
 今日はそれを祝う宴である。
 ご来駕の皆、存分に楽しまれてくれるが良い」

 おめでとうございます。黒髪の姫。
 おめでとうございます。
 これで右大臣家百年の栄華は盤石でございますな!
 はははっ、なんと才気ほとばしる麗しき姫であることか

継母「姫、姫? 大丈夫ですか?
 まだお加減が悪いのかしら……」 おろおろ

黒髪娘「……ご来駕の、皆様方に……
 おかれましては……このような浅学非才なる
 わたしを……祝うためにお集まり、いただき……
 ありがとう、ございます」

下の兄「……黒髪」

黒髪娘「……こたびの撰者としての仕事
 果たすことが出来ましたのも……
 皆様方の……お引き立てがあればこそ
 心より、御礼を……申し、あげます」 ふかぶか

 おめでとうございます、姫。
 なんともしっかりとした挨拶だろう。
 女性にしておくのは惜しいほどの学識だとかっ。

851 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 13:47:25.77 ID:KmqRKDbT0
がやがや……ざわざわ……

二の姫「黒髪の姫?」
黒髪娘「――え? ああ。すまぬ」

二の姫「いえ。……父、中納言に代り祝いの使者として
 この宴にまかり越しました」

黒髪娘「何を言うか……。
 本来であればこの祝賀の賛辞の半分は
 二の姫、あなたのものであろうに」

二の姫「良いのです、そのようなことは。
 ……それより、まだご気分が優れぬ様子にお見受けします」

黒髪娘「……」

二の姫「本日は私が、そば近くに侍(はべ)りましょう。
 友女房の方が心強いかも知れませぬが
 このような宴の席では、
 女房が主に変わって話すのも外聞が悪いでしょうし……」

黒髪娘「友は……外されたのだ」
二の姫「え?」

黒髪娘「私がこのような……気鬱の病にかかったのも
 友の不手際が原因だとされて。
 吉野の別邸に飛ばされてしまった。
 それに抗議した友は、父の命により……」

二の姫「そんな……」

852 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 13:49:20.52 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「……」

がさがさ……

公達「黒髪の姫に、一言お祝いを申し上げるために
 まかり越しました」

黒髪娘「……」

二の姫「兵部の卿でございますね?
 私は中納言家の二の姫でございまする。
 黒髪の姫は、大変傷つきやすい麗質ゆえ
 卿の宴の酒気に当てられたご様子。
 ……姫はお聞きになられています。
 言上のお相手は、私がいたしましょう」 にこり

公達「ふむ。……判りました。
 こたびの歌集編纂の任、見事おはたしになられ
 帝からのお喜びの声も聞こえたとのこと。
 誠におめでとうございまする。
 姫は幼き頃から学問の打ち込まれ
 いままで宴にも出てこられないと有り
 我らもお言葉を交わす機会もなく
 いままで心寂しい思いでおりました。
 これからは尚侍の職務にも戻るとのこと
 一層のご活躍をお祈りするとともに
 是非一度、楽のあわせなどもしてみたいと心楽しみに――」

黒髪娘「……」

853 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 13:50:22.76 ID:KmqRKDbT0
二の姫「妖つきだ不器量だと捨て置いたくせに
 手のひらを返したように“寂しい思いでした”などと。
 どうせ歌の価値なども判らずに
 歌会の小道具としてしか見ていないような輩が……」

黒髪娘「……すまぬ」

二の姫「いえ、良いのです。
 そちらの脇息※におもたれください。ね?」

がやがや、がやがや。

  右大臣「はははは。あの娘は昔から学問だけは
   秀でていてな。それは漢詩でも和歌でも
   むさぼるように学んでいたものよ」

  おお、さようですか
  学問とは素晴らしい。これからの宮中の雅を
  一手に引き受けて頂かないと行けませんな。

黒髪娘「……」

  そうだ。ここは1つ、姫にこの喜びの宴を
  一首詠んで頂こうではないか!
  そうだ、それはよい!
  そうしようではないか!

二の姫「っ!」

※脇息(きょうそく):家具の1つ。ちいさな台の
形をした肘をおいたり、座った時もたれかかる道具。

855 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 13:59:49.52 ID:KmqRKDbT0
右大臣「黒髪や。黒髪。どうだ?」

下の兄「――。父上っ」

上の兄「黒髪のやつ、真っ青じゃネェか。
 こんなときに歌もヘチマもねぇだろうがよ」

右大臣「しかし、今日は冬とは言え、
 このような小春日和でもある。
 冬の日差しを詠むなど、どうだろうな。
 黒髪であれば容易かろう?
 それに黒髪の栄達を祝って集まって下さった皆様に、
 一首詠むくらいのことは」

二の姫(それは……。余りにも無体。
 仕方ありません、私が無理にでも) かたりっ

黒髪娘「詠ませて頂こう」

  おおお! さすがは撰者の姫君!
  それはよい。
  撰者黒髪の姫の御歌だ。
  おおお、姫が歌を詠まれるぞ。

黒髪娘「――」 すぅっ

二の姫(黒髪の姫……)

黒髪娘「――悔しくぞ声枯れ触れえず別れけむ
     今日(けふ)を限りとおもわざりしに」

865 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 14:35:18.48 ID:KmqRKDbT0
  それは……
  ど、どうしたのだ、姫はっ。

二の姫「姫……」
右大臣「どうしたのだというのだ。黒髪、黒髪よっ」

下の兄「父上、ここはどうか落ち着いて」

右大臣「これが落ち着いていられようか!
 このような席で別離の哀しみの歌などをっ。
 触れえずとはなにごとだ、触れるとはっ!」

さぁぁぁぁぁ……。
  雨? ああ、晴れているのに小雨が……。
  これはどうしたことだ……。

「そりゃ、さらってゆくということだ」

黒髪娘 ばっ
二の姫「姫っ!?」

男「潜入成功っ」
黒髪娘「お、おっ。男殿っ!!??」

右大臣「な、なっ!? 何者だ貴様っ! 面妖な!!」
下の兄「道士さまっ」
右大臣「道士だぁ!?」

男「狐狸の方かも知れないんだけどな」

黒髪娘「男殿。男殿っ。男殿っっ!!!」 ぎゅうぅっ

男「待たせてわるかった」
黒髪娘「火傷だらけではないかっ!!」

男「“あっち”ではまだ火事から一日もたってないんだよっ」

866 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 14:36:17.18 ID:KmqRKDbT0
右大臣「何を言っているのだっ」

男「初めましてのご挨拶がこんな風になって
 申し訳ないけど、結婚の申し込みと
 結婚の許可願いと、娘姫の受け取りにやってきました。
 えーっと……お、お義父さん?」

右大臣「父だとっ!? お前のような
 どこの馬の骨とも判らぬ輩、知りもせぬわっ!」

黒髪娘 しゅるん! ばさっ
二の姫「姫、なにをっ」
黒髪娘「十二単など、不便きわまりない」

男「黒髪っ」  黒髪娘「男殿っ」 ぎゅっ

右大臣「黒髪っ!? 黒髪だとっ。
 我が娘呼び捨てではないかっ!
 黒髪も黒髪だ、何をしているっ!
 ええい、衛士! 召し捕れ、こやつを捕縛せよっ!」

 ずだんっ! 抵抗するなっ!

男「いや、ちょっ。まだこっちは身体がっ。
 って、なんで抜刀するっ!!」

下の兄「ええい!! 静まれっ!
 この方を傷つけること、相成らんっ!!」

男「助かる、下兄っ」

下の兄「お気になさらずに。
 ……そのために売った恩でしょう?」

867 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 14:37:19.06 ID:KmqRKDbT0
右大臣「ええい、何をしている! 早く召し捕れっ」
下の兄「動くことはならんっ。行かせるのだっ」

右大臣「下のっ! お前は何を考えている。
 いったいどちらの味方なのだっ!?」
下の兄「ぼくは右大臣家の味方なのです。
 あの道士さまには、ずいぶんと助けられましたからね」 にこっ

  だだだだだっ。がたん!
   ま、待てぇ! 姫、姫ぇ、お待ち下さいっ

黒髪娘「待たぬっ」
男「ていっ!」 踏みっ

  うわぁ!? ひ、姫がっ
  だれか、縄を持って参れ。
  傷つけることなく賊を捕縛するのだっ!!

ばたんっ!

上の兄「おい、黒髪っ! お前、何考えてるんだっ!?」
黒髪娘「兄上っ」

上の兄「事と次第によっちゃぁ、
 そこの男とともに切り捨てるっ」 ずらぁっ。

黒髪娘「上の兄上。黒髪は……っ。
 お慕いする殿方の元に、自ら参りますっ。
 右大臣家の名、宮中の義務あれど
 報償のようにやりとりされる女の真似など、出来ませんっ」

868 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 14:39:05.52 ID:KmqRKDbT0
上の兄「――」ぎろっ

男「おれはさらう方だから言い訳はしない。
 でも、黒髪のことは一生大切にする」ぐいっ

上の兄「ふんっ! ……そりゃ、悪くねぇ」

黒髪娘「それではっ」 ぱぁっ

上の兄「親父の娘離れには丁度いいや。
 行けッ。どうせそのナリだ。
 顔見せにも来られないような所に嫁ぐんだろうが
 ……くそっ。
 そんな顔で笑ってたら、何にも云えねぇだろうがよっ!!」

黒髪娘「ありがとう、上の兄上っ!」
男「下兄にもよろしく伝えてくれっ!!」

黒髪娘「黒髪は、気鬱の病で死んだとでもっ!」
上の兄「良いから、もう行きゃーがれっ!」

だだだだだっ。がたん……だだだ、だだだだ……。

さぁぁぁぁ……。

上の兄「云いだしたら、聞きやしない。
 ……気鬱の病で?
 何を言っていやがる。
 晴れたる陽に傘がかかり、小雨降る。
 そういうのは――狐の嫁入りっていうんだよ」

871 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 14:43:52.74 ID:KmqRKDbT0
――右大臣家、裏門

右大臣「ええい、どけっ! とまれぇ!!」
黒髪娘「父上っ!」

右大臣「どこの異人かはしらぬが、
 黒髪を許すわけには行かんっ」

黒髪娘「心が痛むが、許しは要らない。
 許しが無くとも結ばれる国へ行くのだっ。
 父上、お怒りは受けます。黒髪を行かせてくださいっ」

右大臣「何を言うのだ、黒髪っ!?」

男「取り込み中悪いけど……」
友女房「男様、お支度が調いましたっ!」

黒髪娘「友っ!?」

友女房「ええ、姫! 友でございますよっ!
 この友がたかがお役目を解かれたくらいで
 姫への忠義を忘れることがありましょうか!
 さぁ、男さま」」

男「おっけー、ばっちり。でかした友っ!」

がらがらがらがら、どっがっしゃぁん!!

 牛車!? 植え込みと塀がっ!!

男「宜陽殿に収められたていた東西の書三百余巻っ。
 俺から、右大臣家への結納として納めるっ」

879 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 14:48:36.44 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「男殿……。これらを救って……。
 そういえば! 男殿はどうやってあの炎を逃れたのだ!?」

友女房「“花鳥文螺鈿作り黒檀長櫃”ですよ。
 宜陽殿にはそれが納められていたのです。
 姫の庵にある“月花文螺鈿作り白檀長櫃”と対になる。
 もともとは唐から贈られたもので、
 双つで一対のものだったそうです。
 その片方が右大臣家に下賜されて……」

男「探してみたら、納戸にもう一つあるんだもんよ」

右大臣「なっ、なっ! なにをっ!!」
二の姫「黒髪の姫っ」

右大臣「ええい、離さぬかっ!」
二の姫「いいえ、離しませんよ。……これ、お前達。
 構いませんからいま少しの間、大殿をお止めするのです」

友女房「姫、急ぎませんと宮中の衛士が」
黒髪娘「うむ」

二の姫「お嫁きなさい、姫」にこっ
黒髪娘「二の姫……」

二の姫「お友達ですもの。お別れは要りませんわ」

黒髪娘「……二の姫」 ぐすっ

880 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 14:50:10.44 ID:KmqRKDbT0
二の姫「さぁ、涙をお拭きになって。
 余りにも不器量だとお慕いする殿方の恋が冷めますわよ?」

黒髪娘「男殿の趣味は、変わっているのだ」 ぐすっ

男「俺はノーマルなんだ!
 誰も信じちゃくれねえけど、
 ロリコンじゃないだよっ!」

二の姫「ふふふっ。たしかに好みは
 変わっているやも知れませんね。
 こんな強情で、たおやかさの欠片もない
 意地っ張りで甘えん坊の黒髪の姫を娶るなんて。
 ――でも、見る眼は確かですわ。
 わたしの友達を選んだのですから。
 さぁ、行ってください。
 須弥山でも高天原にでも!」

男「恩に着るっ!」 だっ
黒髪娘「姫っ! 姫っ、友達って……」

二の姫「あんなにも学ぶのが好きな貴女なら
 どこへ行ってもやっていけますわっ!
 行って! わたしはこの都で詠いましょう!
 別離の歌ではなく、慕わしき歌を。
 だから貴女も――遠くで――を――」

黒髪娘「二の姫。……ありがとう!!」

884 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 14:54:25.03 ID:KmqRKDbT0
――エピローグ

「初めて筆を執り、文をしたためる
 親愛なる二の姫へ。
 
 わたしが男殿の元へと嫁いでそちらでいえば
 もう半年がたとうかと思う。
 文も出さなかったわたしをどうか叱って欲しい。

 こちらへ来て眼の回る忙しさの中にわたしはいる。
 まだ一月しかたっていないような心地がする。
 心地がする、と云うか、経っていないのだが……。
 それは横に置こう。

 わたしは男殿の祖父君の家に転がり込み
 (その祖父君はすでに身罷られていて、
  男殿はご当主の地位に当たるのだ)
 こちらでの生活を始めた。

 こちらで見聞きすることは全て新奇で
 とてものこと、文では書こうとも書ききれぬ。
 異国、遠地というのはとかく異なる風習を持つものゆえ
 わたしが生まれてこの方過ごしてきた京のやりかた
 右大臣家の名前などは通じぬ。
 何をするにしても初めてのことで、
 戸惑うばかりだ。

886 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 14:56:07.57 ID:KmqRKDbT0
 昨日は、男殿のために魚を焼こうとしたのだが
 (こちらでは下人などはいないのだ)
 がすこんろなる道具を誤って用い炭にしてしまった。
 男殿は笑って許してくださるが、
 わたしにも矜持というものがある。
 学ぶことに費やした我が半生に賭けて
 食事の支度程度、あっという間に身につけてみせると
 意気込みを新たにしたところだ。
 
 悔しいことに共にやってきた友女房は
 あっさりとこちらの風俗に馴染み、
 気楽にれんじなる道具やがすこんろを使いこなす。
 あまつさえ、京より便利だなどというのだ。
 わたしがいままで学識ある、衆に優れた知恵をもつなどと
 褒めそやされてきたのは、いっそのこと皆でお世辞を
 言っていたのではないかと疑う毎日だ。

 友は男殿の姉御とわたしに色々教え込んでくれるのだが
 わたしは自分で思っていたのよりも、不器用らしい。
 先が思いやられることもある。

 だが、そうは言っても
 わたしは落ち込んでいるわけでも悲嘆しているわけでもない。
 こちらに来て色々と変わった珍奇なるものを見聞きして
 わたしの知を好む心も学問を追究する心も
 いまや燃え上がらんばかりだ。
 ここには学ぶこと、知るべき事がそれこそ限りなくある。

889 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 14:58:34.45 ID:KmqRKDbT0
 毎日知ったことを紙にしたため
 (墨をすらずとも書ける筆さえあるのだ!)
 一つ一つ出来ること、出来ぬこと
 知っていること、知らぬ事をより分けて
 尋ね、調べ、あるいは悩み、考えるのは
 まさしく、新しく生まれ出でた幼子であるかのように心躍る。

 そして、傍らには(いつもではないが)男殿がいてくれる。
 わたしは、その……。
 やはり一五としては奥手だったようなのだが
 男殿としてはもっと奥手でも良いと仰せなのだ。

 そんなに奥手同士だと切なく寂しくなってしまう故に
 時には、触れあうことも大切だと口論をした。
 わたしが頑強に言い張って
 やっと口づけを済ませることが出来たのだ。

 このように甘やかなものだとはわたしは知りもしなかった。
 恋が流行るのも頷けるというものだ。
 しかしこれはこれで……熱が出てしまうので、
 厳しく自制をしようと考えている。
 元尚侍としても、対面というべきものがあるのだ。

 それ以上――つまり口づけより先――
 については、男殿は瞳を逸らして
 おいおいで構わない、仰られている。
 姉御殿は興がられて男殿と長い話をされていたが
 内容については判らぬ。男殿は泣いていたようだ。
 男殿も姉御殿もわたしには優しくして頂いて
 感謝の言葉もない。

891 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 15:03:44.92 ID:KmqRKDbT0
 先日、男殿が書を一冊見せてくださり
 そのなかに二の姫の歌を見つけた。
 遠い便りを頂いたかのように胸が熱くなった。
 それゆえ、このような便りをしたためる。
 上手く届くと良いのだが……。

 同梱したものは、しゅくりいむなる菓子である。
 これは男殿とわたしにとっては思い出の品なのだ。
 甘くてとろけるような味わいである。
 もし食べるのならば、少し冷やすと良いだろう。
 (水につけてはいけない。器に入れて、
 器ごと井戸水に浮かべると良いかも知れない)

 ともあれ、わたしは幸せだ。
 どれほど幸せかを記すならば、
 京中の巻物を集めても紙幅が足りぬ。
 それもこれも、二の姫。貴女との友誼を始め
 わたしを救ってくれたみんなの好意によるものと心得る。
 こう呼んで良ければ。
 わたしの友達の。

 出来るならばまた文を出す。
 お健やかにお過ごしあれ。
        黒髪」

黒髪娘「――これでよい。
 あとは、上手く兄上のどちらかに
 言付けられればよいのだが。
 宮中はまだ騒がしいのだろうか……」

894 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2010/01/27(水) 15:05:36.11 ID:KmqRKDbT0
とっとっとっ。からり

男「おーい! 黒髪〜!! プリンあるぞー?」
黒髪娘「んぅ。男殿っ」 ぎゅぅっ

男「どうした?」
黒髪娘「男殿の腕の中が恋しかっただけだ」 すりすりっ

男「そっか。……くくくっ。でもプリンあるんだぜ?
 プリンとどっちが恋しい?」 にやにや

黒髪娘「むぅ……」
男「悩むのかよっ!?」

黒髪娘「両方では駄目なのか?」 しょぼん

男「……まぁ、いいけどさ。なんだよ。
 そんな顔しちゃってさ。ずりぃな黒髪は」

黒髪娘「いいや。なんでもない。
 ただ幸せで……歌が胸からあふれ出そうなだけだ」

――愛しきは真珠を抱きし真珠貝
    百万遍のうたよこのむねに咲け

//KUROKAMI MONOGATARI.
//End of log
//Automatic description macro "Marmalade" is over.

転載元
黒髪娘「そんなにじろじろ見るものではないぞ」
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1263845870/
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1264236955/

※誤字や内容でおかしい部分は独自の判断で修正させて頂いています

黒髪娘「そんなにじろじろ見るものではないぞ」
     
posted by 月夜見(けん) at 23:54| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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